2016年10月6日木曜日

具なし味噌汁

 僕の入院していた病院は、癌の専門病院として、新しくできたところなので、いわゆる、今風の考えに基づいて運営されているようです。スタッフの方たちも、親切で丁寧だし、ドラマに出てくる大学病院のように、患者からのお心付けが横行することはありません。看護師さんたちも、大学を出たての新規採用さんが多くって、やる気と活気に満ちているし、ベテランさんとのバランスも良いようです。そして、何よりも、スタッフ全員が、ここで働いていることにプライドを持っているように思います。

 僕も、あそこに入院してたなんて羨ましいと言われたことがあります。自分も癌になったら、此所でお世話になるからって、今から家族に宣言している人もいます。
 癌になんてならない方が良いに決まってますけど、同じ死ぬなら癌が良いなんて言いますからね。

 入院生活は、それなりに大変でしたけど、あの頃は、手術をすれば治るって思ってましたし、術後は、1日、1日と自分の体が回復していくのを実感できていたので、今思えば、希望に満ちた楽しい日々だったように思います。

 ただ、1つ残念なことは、消化器系の手術でしたから、食事制限があったことです。入院食のメニューって、通常食ならば、選択制になっていて、前日のまでに、ベッドサイドにあるタッチパネルで、申し込むことができたんです。まあ、選択制と云っても、朝は、ご飯とパンとどっちが良いか程度のことなんですけどね。しかし、病棟勤務の職員も、入院食を注文して食べていましたくらいですから、入院食といえどもそこそこの美味しさのようです。でも、僕は、手術直後は絶食でしたし、その後は、水分だけ、重湯から五分粥って感じで、おかずも低残渣食が少しだけでした。

 そして、味噌汁は、いつも具なしでした。

 具なし味噌汁といっても、どうやら普通に作った味噌汁を、よそう時に具を外しているだけのようで、注意深く味わえば、本来あるべき具が予想できました。うーん、今日は、豆腐とワカメの味噌汁のはずだったのかな、なんて感じです。しかし、味噌汁は味噌が溶けているだけマシな方で、すまし汁の時は、蓋を開けた時に中に入っているやつなんて、見た目は白湯ですから。

 僕は、年末年始に入院していたので、お正月を病院で過ごしました。お正月の食事は、一応、おせち料理っぽいメニューでした。お盆の上に、富士山の絵が描いてある和紙が敷いてあったりして、お正月っぽさを演出していました。まあ、僕の食事は、相変わらずのお粥と低残渣おせち料理でしたけど。もちろん、すまし汁も具なしでした。でも、口に入れると、ほんのりハマグリの味がしました。本当は、ハマグリなんかじゃ無くって、アサリだったかもしれませんけど、まあ、ハマグリってことにしておきましょう。

 今、思えば、量も少ないし、本当に淋しい食事でしたけど、他に楽しみもありませんでしたから、毎回の食事が楽しみでした。食事を運んでくる電動ワゴン車の音が聞こえてくると、ベットから起き上がって、ちゃんと座って待ってました。よーく噛んで下さいって云われてたんで、ゆっくり時間をかけて食べてました。おせち料理として出してもらった数粒の煮豆だって、一粒一粒味わって、大切に食べていました。

 あの頃と比べると、今は、量も質も、そしてカロリーも比べものにならないくらい多いのですが、味わうことなど無く、慌ただしく食べてしまいます。3倍の量を三分の一の時間で食べてしまいます。

 まあ、再発して、再びお世話になるときには、食事制限の無い状態で、入院したいものです。