2016年12月30日金曜日

初日の出

 昨年の紅白歌合戦について、全く記憶が無いので不思議に思ったんですけど、考えてみれば、直腸ガンの手術をしたのが、昨年の12月25日でしたから、大晦日は、ベッドの上で過ごしていたし、消灯が22時でしたから、全然見てなかったんですよね。っていうか、そんなことも忘れてました。僕の中でも、入院生活が少しずつ過去の出来事になってきたみたいです。

 年末年始の病棟というのは、空きベッドも多くって、のんびりとしたものです。お正月は家で過ごしたいというのが、一般的な心情でしょうから、患者さんの多くは、年末のうちに退院したり、一時帰宅していたし、手術も緊急なもの以外は行わないので、新たに入院する患者さんもいませんでしたからね。
 
 病院は、高台にあって、しかも僕の病棟は7階でしたから、見晴らしは最高です。病棟の東西南北、それぞれの廊下のつきあたりには、展望ロビーがあって、点滴スタンドをガラガラ引いては、そこからの景色を眺めるのが日課になっていました。
 僕は、退院日が1月2日に決まってから、東に面したロビーから初日の出を見ることを楽しみにしていました。

 天気予報によると、かなり期待が持てそうです。朝6時から検温がありますが、いつも通りの時間に来てくれれば、日の出には、十分間に合うはずです。

 検温が終わって、展望ロビーに座っていると、一人、また一人と爺さん達が集まってきました。男ばかり、5・6人は集まったでしょうか。
 病棟には、女性もいたはずでしたが、女性は、病棟から初日の出を見ようなんて考えないみたいです。

 やがて、東の空がどんどん明るくなって、稜線から太陽が顔を出しました。山登りをしていた頃にご来光を拝むことはあっても、初日の出を見に行くなんてしませんでしたから、人生初の初日の出になります。
 暖房の効いた病棟の中、絶景の7階ロビーから見る日の出は、ガラス越しとはいえ、それはそれは美しいものでした。
 誰一人として話をする人はいませんでした。手を合わせる人もいませんでした。ただ、黙って太陽を見ているだけだったと思います。
 太陽が昇りきったことを確認すると、一人、また一人と病室に帰っていきました。

 最高に楽ちんな、初日の出でした。

 あの時、一緒に日の出を見た爺さんたち、今も元気でいるでしょうか。

2016年12月14日水曜日

医療保険よりも消費税!?

 僕の周りにも、御家族が癌と診断された方がいます。で、僕は、癌患者としては、一応先輩ですから、いろいろと質問されることもあります。その質問の中で多いのが治療費のことです。

 僕は、若い頃に職場で勧誘されて、アフラックのがん保険の一番安いやつに入っていました。その後、電話がかかってきて、特約を付けろとか、新しいタイプのやつに更新しろとか云われたんですけど、面倒なのでそのままにしておきました。月あたり千数百円程度ですから、たいした保険ではありません。ガンで入院すると一日について1万円もらえるって、それだけのやつです。

 保険会社の対応は早かったですよ。診断書を送ったら、一週間もしないうちに振り込みの通知書が届きました。さすがガン専門の保険会社ですね。好感度アップです。僕は、十数万円の保険金を受け取ることができました。

 一方、入院に際して、僕が病院に支払ったお金についてです。医療費の総額は、何百万円もかかっているはずですが、健康保険のおかげで、3割負担となって数十万円となります。しかも、日本には「高額療養費」という素晴らしい制度があります。これで自己負担額は、大幅に減額されますから、シーツ代とか、入院時の食費など、適用外の分を合わせても、僕が病院に支払った総額は、十数万円でした。つまりアフラックからの保険金で、ピッタリ支払えたことになります。もし、いろいろな特約が付いている充実したプランに加入していたら、おそらく大幅な黒字になったと思います。

 で、めでたしめでたしと云うことなんですけど、考えてみれば、僕が若い頃から支払い続けていた保険金の総額って、一番安いタイプだとしても、数十万円になっているはずです。
 癌になったら高額な医療費がかかるから、そのくらいの保険は、かけておいたほうが良いだろうって納得してのことだったんですけど、実際にガンになって、支払った金額は十数万円だったんですよ。そのために、僕は何十年もの間、保険金を払い続けていたんです。十数万円なんて、車の車検代程度ですよ。将来の車検のために保険に入る人なんていないでしょ。
 だったら、保険になんか入らないで、積立貯金でもしていた方が良かったんじゃないかって思ったんです。

 僕の選択は、結局のところ正しかったんでしょうか。

 保険会社は、最先端医療は健康保健がきかないから特約を付けた方が良いなんて勧誘しますけど、量子線治療などが使えるガンは一部のガンに限られていて、最先端医療ってのは、お金を積めば誰でも受けられるというものでは無いんです。
 ですから、現在行われている治療の大部分は、健康保健が適用されます。腹腔鏡ロボット手術なんてのも、世界的に見れば最先端の治療ですけど、普通に健康保健の適用範囲内だし、分子標的型とか、話題の「オプジーボ」みたいな免疫型の抗ガン剤も保健適応です。
 あと、保険に入っていれば、個室代がかかっても大丈夫って云ますけど、僕の入院した病院では、みんな2人定員の普通病室でした。手術直後の時とか、明日にも死んでしまいそうな時は、監視しやすいようにナースセンター前の一人部屋に入りますけど、個室料金はかかりませんでした。入院すれば分かりますけど、患者になるとプライバシーとかどうでも良くなるんですよね。芸能人じゃあるまいし。
 ですから、健康保険と高額療養費の制度がある限り、どんなに入院、治療しても、月あたりの医療費は、数万円以内に収まるようになっているんです。生活保護を受けている人なら全額無料、それが日本の医療福祉制度なんです。

 もちろん、個室で優雅に入院生活ってのも否定しませんけど、だったら、元気なときに旅行に行って、豪華なホテルで過ごした方がよっぽど価値或るお金の使い道のように思います。

 ヨーロッパでは、国が面倒を見てくれるので、医療保険に入る人はいません。彼らが20%を越える消費税を払っても生活できるのは、保険会社への掛け金を払う必要が無いからです。
 一方、アメリカでは、国は面倒を見てくれませんから、個人で医療保険に入っているわけです。

 日本の社会福祉制度は、思いの外充実していて、ヨーロッパ並みになっています。ところが、日本国民は、自国の福祉制度を信頼していませんから、せっせと保険をかけていて、その金額は、消費税に換算すると15%とも20%とも云われています。
 つまり、みんなが保険を解約して、今まで払っていたお金をそのまま消費税として納めれば、全ては解決することなんですよね。このままでは、国の財政が破綻するのは時間の問題です。国は滅びて、保険会社が栄えるというのが此の国の未来の姿なんですよ。外資系の保険会社が盛んにCMを流すのは、日本がそれだけ美味しい市場だからです。しかも最近は、お金を持ってそうな日本の年寄りに向かって、何才でも入れますとか言っちゃって。
 国は、年寄りが長生きできるように税金を使って医療を充実させます。で、日本の年寄りが長生きすればするほど保険会社は儲かります。保険会社を儲けさせるために国が税金を使っているようなものです。子や孫に少しでも残せます、ってCMで云ってるけど、子や孫に残すべきは、保険金で無くって、日本の社会福祉制度だと思うのですが。

 まあ、1つも保険に入っていないというのも、御心配でしょうから、医療保険もほどほどにってことで、今日はお終いです。

 僕ですか?
 
 病み上がりの人間を入れてくれる保険会社なんて何処にもありません。保険会社ってのは、そういうところなんですよ。

2016年12月11日日曜日

抗ガン剤の後遺症と血液検査フェチ

 薬をやめてから(って意味深な言い方ですけど)5ヶ月になろうとしています。
 指先の過敏症はほとんど気にならなくなりました。ただ、足の裏の違和感は相変わらずです。足の裏に何かがへばり付いているような感じが続いています。特に、最近の冷え込みで、足が冷たくなると、一層感じます。ジンジンくるっていう感じです。だれでも足が冷えればジンジンくると思いますけど、それが強力になった感じです。だからといって、日常生活に支障が出ているわけでは無いんですけどね。数ヶ月前は、1時間も立っていると、足の裏が痛くてつらかったんですけど、最近は、そこまでではありませんから。
 抗ガン剤は、とうに抜けているはずですけど、抗ガン剤によって痛んだ神経の回復には、時間がかかるようです。手足の痺れなどは、人によっては、数年間も続くことがあるそうですから、それに比べればだいぶ良い方だと思います。

 薬をやっていたとき(これも意味深な言い方ですけど)は、足の爪がだいぶ痛んでいて、黒く変色したり、弱くなっていました。爪を切るときも恐る恐るって感じでしたけど、下から新しい爪が生えてきて、もう少しで更新が完了しそうです。

 先日、健康相談を受けました。人間ドックの成績が悪かったので、強制的に受けさせられました。でも、今年の人間ドックって、抗ガン剤をやめて、3週間後くらいに受けたんで、血液検査の結果なんてボロボロだったんです。それはそうですよね。でも、良い機会になったように思います。
 僕は、牛乳は体に良いと思っていたので、朝に昼に飲んでいたんですけど、あなたの歳でこの量は多すぎですって言われました。コレステロールとか中性脂肪が多かったのは、そのせいだったんでしょうか。っというわけで、最近は、牛乳は1日1本にしました。ヨーグルトも低脂肪タイプに変えたりして。 
 気をつけたところで、もう、ガンになっちゃたんで、今さら感がありますけど、病気にならないようにするためと云うよりも、次回の血液検査の成績を上げるということを目標に取り組んでいこうかと・・・。
 こういうの、血液検査フェチっていうのかな。

 これも今さらですけど、コメント欄を設置しました。

2016年11月19日土曜日

ガン告知から一年たちました。

 内視鏡検査の結果を聞きに行って、その時に内視鏡科の先生から告知されたのが、ちょうど一年前になります。闘病生活1周年っていうと格好いいんですけど、こうやって、だらだら生活している現状を顧みると、反省の言葉ばかりが浮かんできます。
 もっと、ガン患者らしく、生きると云うことの意味を噛みしめながら、1日1日を大切に生きていくべきだと分かっているのですが。

 まあ、あの時も、変だとは思ったんですよね。入り口の受付機に診察券を入れたら、予約した覚えのない大腸外科の予約が入っていたりして。で、内視鏡科の診察室に入っていったら、先生の机のパソコンの画面にガンの写真が、もう出ているんですから、告知してもらう前から、ありゃ~と思いましたよ。
 「ズバリ言って、癌です。」
 「はあ、そうですか。」
 「私の方で、外科に予約を入れておきましたから、そちらにまわって下さい。」
 「あ、はい。」
って、感じでした。外科に行ったら、いきなり
 「手術日の希望って、ありますか。」「今なら、最短で2週間後になります。」
って、完全に歯医者の予約と同じノリでしたからね。

 でも、べつにショックとかは、なくって淡々としていましたね。そういえば小林麻央さんも告知の時は、淡々と聞いていたみたいなことを書いていましたっけ。なんて云うと、小林さんと同じつもりになっているんじゃない、なんて怒られそうですがw

 考えてみれば、ガンなんて、ありふれた病気だし、此所に来ている人ってみんなガンなわけで、先生も一日に何人も告知しているわけですから、ガンの告知が一大イベントだったのは、昭和の時代の話だったのかもしれません。
 でも、世間では、癌になるって今でも大変なことに思われているし、そのおかげで、僕もいろいろと皆さんから、気を遣ってもらったり、親切にしてもらっているわけなんですけどね。

 そりゃあ、僕だって死ぬのはイヤですけど、だからといって、ボケたり寝たきりになってまで長生きするのもどうかと思ってしまいます。だから、待合室で座っているお爺さん達を見ても、気の毒には、思えないんですよね。ある程度、長く生きられて、ガンで死ねるなんて、幸せなことじゃあないかと・・・。

 結局、ガン患者に一番冷たいのは、ガン患者だと云うことで、今日は、お終いです。

2016年10月20日木曜日

腫瘍マーカー

 検診に行ってきました。腫瘍マーカーの値は、平常値でひと安心です。とりあえずは、次回の検診まで、心穏やかに過ごせそうです。

 血液検査が主だったのですが、採血室の7つあるブースが、フル回転で採血してました。ここの検査技師さんは、1日何人の採血をするんでしょうか。とにかく採血の手際が良くって、上手なんですよ。僕は、男にしては血管が細いので、いつも採血の時には、苦労します。入院したとき、若い病棟看護師さんに採血してもらったことがありましたけど、うまく血管が見つからなくって、3回くらい針を刺されてしまいました。でも検査技師さんはさすがですね。いつも一発で決めてくれます。

 診察は、9時開始。僕は、8時25分くらいに到着したんですけど、もう60番台でした。採血室は、8時15分からなんですけど、お年寄りの方々は、やたら早くて、7時過ぎには集まって来ちゃうみたいです。で、整理券を配っているみたいですけど、診察時間は、予約制ですから、何も慌てて採血することもないんですけどね。まあ、1時間前行動は、お年寄りの習性ですから仕方ないんですけどw
 僕の前に30人くらい待ってたはずなんですけど、5分くらいで順番が回ってきました。
 
 腫瘍マーカーの値を調べるのが、主なんですけど、とりあえずは、基準値で収まっていたので安心しました。この検査は、人間ドックなんかでも、オプションで行うことがあるそうですけど、本来は、大腸癌の再発を予測するための検査のようで、癌になっていない人にとっては、高いからどうとか、低いからどうとか云っても、あまり意味のないことだそうです。
 僕も、主治医の先生から、高いからすぐに再発ということでもなくって、定期的に変化を見ていくことが重要ですって言われちゃいました。といっても、基準値に収まっているのは、気分の良いものです。
 次回の検診は、いよいよ内視鏡です。また、例の物を2Lも飲むのかと思うと、今からちょっとブルーな気分です。

2016年10月6日木曜日

具なし味噌汁

 僕の入院していた病院は、癌の専門病院として、新しくできたところなので、いわゆる、今風の考えに基づいて運営されているようです。スタッフの方たちも、親切で丁寧だし、ドラマに出てくる大学病院のように、患者からのお心付けが横行することはありません。看護師さんたちも、大学を出たての新規採用さんが多くって、やる気と活気に満ちているし、ベテランさんとのバランスも良いようです。そして、何よりも、スタッフ全員が、ここで働いていることにプライドを持っているように思います。

 僕も、あそこに入院してたなんて羨ましいと言われたことがあります。自分も癌になったら、此所でお世話になるからって、今から家族に宣言している人もいます。
 癌になんてならない方が良いに決まってますけど、同じ死ぬなら癌が良いなんて言いますからね。

 入院生活は、それなりに大変でしたけど、あの頃は、手術をすれば治るって思ってましたし、術後は、1日、1日と自分の体が回復していくのを実感できていたので、今思えば、希望に満ちた楽しい日々だったように思います。

 ただ、1つ残念なことは、消化器系の手術でしたから、食事制限があったことです。入院食のメニューって、通常食ならば、選択制になっていて、前日のまでに、ベッドサイドにあるタッチパネルで、申し込むことができたんです。まあ、選択制と云っても、朝は、ご飯とパンとどっちが良いか程度のことなんですけどね。しかし、病棟勤務の職員も、入院食を注文して食べていましたくらいですから、入院食といえどもそこそこの美味しさのようです。でも、僕は、手術直後は絶食でしたし、その後は、水分だけ、重湯から五分粥って感じで、おかずも低残渣食が少しだけでした。

 そして、味噌汁は、いつも具なしでした。

 具なし味噌汁といっても、どうやら普通に作った味噌汁を、よそう時に具を外しているだけのようで、注意深く味わえば、本来あるべき具が予想できました。うーん、今日は、豆腐とワカメの味噌汁のはずだったのかな、なんて感じです。しかし、味噌汁は味噌が溶けているだけマシな方で、すまし汁の時は、蓋を開けた時に中に入っているやつなんて、見た目は白湯ですから。

 僕は、年末年始に入院していたので、お正月を病院で過ごしました。お正月の食事は、一応、おせち料理っぽいメニューでした。お盆の上に、富士山の絵が描いてある和紙が敷いてあったりして、お正月っぽさを演出していました。まあ、僕の食事は、相変わらずのお粥と低残渣おせち料理でしたけど。もちろん、すまし汁も具なしでした。でも、口に入れると、ほんのりハマグリの味がしました。本当は、ハマグリなんかじゃ無くって、アサリだったかもしれませんけど、まあ、ハマグリってことにしておきましょう。

 今、思えば、量も少ないし、本当に淋しい食事でしたけど、他に楽しみもありませんでしたから、毎回の食事が楽しみでした。食事を運んでくる電動ワゴン車の音が聞こえてくると、ベットから起き上がって、ちゃんと座って待ってました。よーく噛んで下さいって云われてたんで、ゆっくり時間をかけて食べてました。おせち料理として出してもらった数粒の煮豆だって、一粒一粒味わって、大切に食べていました。

 あの頃と比べると、今は、量も質も、そしてカロリーも比べものにならないくらい多いのですが、味わうことなど無く、慌ただしく食べてしまいます。3倍の量を三分の一の時間で食べてしまいます。

 まあ、再発して、再びお世話になるときには、食事制限の無い状態で、入院したいものです。

2016年9月18日日曜日

近況報告です

 抗ガン剤の治療を終えて、2ヶ月経とうとしています。薬は、もう抜けていると思います。で、薬が抜ければ、副反応も収まるのかなと思っていたのですが、一度ダメージを受けた組織は、薬が抜けたからといって、すぐには元通りにならないようです。何か、覚醒剤みたいで怖いですねw
 と云っても、深刻な副反応に悩まされているわけでもないのですけど。
 
  まあ、今、困っているのは、指先と足の裏の痺れです。かなり敏感になっています。不自由なく歩けることは歩けるのですが、どうしても違和感があるんですよね。例えて云うと、長時間正座をした後で急に歩き始めたときの感じ、或いは、裸足で砂の上を歩いている感じといえば、お分かりいただけるのではないでしょうか。
 指先も敏感になっていて、本のページをめくるときに、ちょっと痛いです。前は、ペンを持つときも違和感があったのですが、それは、だいぶ収まってきました。

 エアコンの冷たい風が手足にあたるのも悪いみたいです。冷房の季節は、間もなく終わるのでしょうけど、今度は、気温が下がってきて、本物の風が冷たくなってくるでしょうから、それはそれで、困ったものです。

 それから、大問題だった体重増の件ですけど、抗ガン剤が終了したら、不思議と間食もあまりしなくなって、体もそれなりに動かしているものですから、少しずつ落ちてきたんですよ。
 体重計に乗るのも楽しみになってきました。でも、毎日乗ると、変化なども微々たるもので、がっかりになるんで、乗りたいのを我慢して我慢して、で、一週間くらい溜めてから乗っています。すると、「おっ、イッキに○百g減った。」って快感を味わえるものですからw

2016年9月9日金曜日

代替療法とか今頃云われても・・・

   ネットとか、本屋さんとかで癌について調べると、「私はこれで癌が消滅しました」みたいな見出しが目に入ってきます。何々を食べると良いとか、こんな運動をすると良いとか、こんな生活習慣を身につけようとか、どこどこにお参りすると御利益があるとかです。

 僕も、何人かの方々から、いろいろなアドバイスを頂きました。皆さん、僕のことを心配してくれての忠告なのでありがたいのですが、まあ、ゲームをやっていて、随分進んでから、裏技を教えてもらったみたいなもので、もう手術とかしちゃったし、抗ガン剤とかしちゃったんで、今頃いわれても、困ってしまうことも多いんですw

 代替療法にしても、民間療法にしても、要は、いかにして自己免疫力を高めるかということに尽きると思います。風邪とかひいた時だって、なーんにもしなくても、人間には、自然に治す力があるわけで、それは癌であっても同じと云うことなんでしょう。

 免疫力が低下する最大の原因はストレスだそうです。癌にならない生活を心がけることがストレスになってしまったら、本末転倒ですからね。まあ、ノンビリと癌と向き合っていこうと思います。ノンビリを心がけることが、ストレスにならない程度にですけど。

 僕にとって、最大のストレスって、仕事だと思えるんですけど、こればっかりは辞めるわけにもいかないし・・・・。

 そうそう、僕も1つだけ取り組んでいることがありました。ヨーグルトのR-1を食べることはささやかに続けてます。このまま再発することがなかったら、R-1のおかげなんでしょうか、それとも、抗ガン剤のおかげ?

2016年8月26日金曜日

抗ガン剤治療の終了から一ヶ月、そしてガン発見から1年

 ゼローダを飲まなくなってから一ヶ月になります。おかげさまで、日常生活は、元に戻りつつあります。若干、爪が痛んでいるのと、指先と足の裏に痺れが残っているくらいでしょうか。ただ、体は、相変わらず弱ったままで、すぐに疲れてしまいます。筋肉も戻っていないようで、何をするにも、「どっこいしょ」と掛け声を掛けないと動けません。それから、ちょっとしたことでも、すぐ唸り声を出してしまうので、家族からうるさがられています。
  
 先日、人間ドックを受けてきました。思えば、去年の人間ドックで異常を発見したのが全ての始まりでした。

 で、今年の人間ドックの結果は散々でした。体重は、12kgも増えてるし、腹回りは、12cmも増えてるし、脂肪肝で肝臓の値は、滅茶苦茶です。赤血球は少ないし、血小板も減っています。まあ、全ては、抗ガン剤治療が原因だと独りで納得してるんで、2次検査には行かないつもりです。

 それから、マシンルームに15日間くらい通って、合計6000k㎈ほど消費したんですけど、体重が全く減りません。みんなは、脂肪が筋肉に変わったんだよって慰めてくれるんですけど、ブヨブヨのお腹を見ていると、そうとも思えなくって・・・w

2016年7月30日土曜日

抗ガン剤終了から10日、体力作りを開始しました。

 僕の住んでいる町には、体育館があります。(どこの町にもありますよね)で、そこにマシンルームがあって、ウォーキングマシンとか自転車こぐやつとかが置いてあります。町民だと100円で利用できるので、ガンの手術をする前は、よく通っていました。っていうのも、実はかなりのメタボでして、以前から脂肪肝とか言われてたんです。で、これじゃイケないと思って、通い始めたんですよね。そしたら体重も7・8㎏ほど落ちまして、人間ドックの成績も大幅に改善されたんです。でも、そこへ突然のガンの宣告で、手術だとか抗ガン剤だとかで、ずっとご無沙汰してしまいました。
 手術直後は、体重も随分減ってしまったんですけど、その後のダラダラ生活で、一気に生涯最大値になってしまいました。手術直後と比べて15㎏アップ、明らかに脂肪肝状態復活です。このままだと、ガンが治ったとしても、別の病気になってしまします。
 と、云うことで、8ヶ月ぶりに運動を再開しました。まずは、慣らし運転ということで、全盛期の半分ほどの運動をしてきました。手足もまだ少しピリピリするんですけど、どうにか続けられそうです。とりあえず、10㎏は減らさないといけません。
 で、昨日、運動から帰ってきた後で体重計に乗ったんですけど、逆に500g増えてたんですよ。前途多難な旅立ちです。

2016年7月26日火曜日

内科の先生とお別れしたこと

 今日、消化器内科の先生のところに行ってきました。これで、24週間の抗ガン剤治療も終了です。内科の先生は、ユルくって気さくな感じの先生でしたから、お名残惜しいのですが、再びお世話になるとすれば、僕の命もピンチの時ということでしょうから、このままお別れといきたいところです。
 8週間というのは、最初から決まっていたことでした。これ以上続けても、体にいろいろと副作用が出てきますし、一方で、癌細胞は抗ガン剤に対して耐性がついてくると云うことで、このくらいが潮時ってことみたいです。格好良く云うと、抗ガン剤っていうのは、「肉を切らせて、骨を断つ」みたいなもの。癌細胞って云うのは、元々は自分自身の細胞ですから、厄介なモノです。
 24週間で飲んだゼローダは、12×14×8-6で、1338錠。高価な薬ですので、日本の医療福祉制度に感謝です。

2016年7月19日火曜日

人生は、3ヶ月毎の契約更新

 手術と抗ガン剤治療後の最初の再発検査、CTの結果を聞いてきました。とりあえずの転移・再発なしでホッとしています。これからは、血液検査やCT、内視鏡検査などを3ヶ月から6ヶ月毎に受けることになります。
 今日からの3ヶ月間、つまり10月までは、何も無しで過ごせそうです。そして、次は、また3ヶ月後の1月、ってこんなふうに、ガン患者の先輩たちも、生きていたんですね。

 転移や再発に怯え、常に死を意識した生活、って云うと、かなり暗い話ですが、人間どこで何があるか分からないし、明日、いきなり事故にあって命を落とすなんてことも有り得るわけで、そう言う意味では、僕も皆さんも人生の儚さという点では、対等だといえます。

 これからの3ヶ月間、まあ、普通に生きていこうと思います。それしか思いつかないし、それしかできそうにもありませんから。

2016年7月12日火曜日

鳥越俊太郎氏にあやかりたい

 今日CTを撮ってきました。結果は、後日、聞きに行きます。実は、過去に2回、大丈夫だろうって気楽な気持ちで結果を聞きに良いって、2回とも裏切られています。
 1回目は、内視鏡の結果を聞きに行ったとき。まあ、あったとしてもポリープくらいだろう、って気持ちで行ったら、癌だと言われました。
 2回目は、術後1ヶ月検診、これで完治だろうってつもりで行ったら、リンパ節に転移してるって言われました。
 ですから、今回は、きっとダメに違いない、きっと肝臓とか肺とかに転移してるに違いないって気持ちで、結果を聞きに行こうと思います。

 それから、連日、ワイドショーをにぎわしている都知事選挙。僕は、都民ではありませんから関係ないんですけど、鳥越俊太郎氏の出馬には、びっくりしました。
 鳥越氏は、ステージ4の大腸癌(直腸癌)で、肝臓や肺にも転移していて、計4回手術をしたそうです。それで、76歳まで生き残って、都知事選挙に出ようって云うのです。話を聞いていて泣きそうになりましたよ。ステージ3Cなんかで、くよくよしていられないですよね。しかも、70歳から肉体改造だそうです。励みになります。都知事の選挙権が無いのが残念ですw
 
 僕も抗ガン剤が終わったら、ジム通いをしようかな。

2016年7月7日木曜日

星に願いを!・・・・七夕ということで

 火曜日に通院治療センターに行ってきました。抗ガン剤エルプラットの8回目の点滴です。今回で最終なんでホッとしているんですが、他の病気と違って、これで完治ですということにならないのが辛いところです。来週にはCTを撮ります。これで再発や転移が見つかったら、この6ヶ月間は、何だったんだってことになりますからね。

 病院のロビーのディスプレイは、七夕飾りになってました。今回は、笹竹が立ててあって、短冊とペンが用意してあります。どうやら、願いごとを自分で書いて下さいということみたいです。

 いきなりですが、「みうらじゅん」氏をご存じでしょうか。みうら氏は、イラストレーターなんですが、「マイ・ブーム」や「ゆるキャラ」と云う造語を考え出した方です。彼の造語に「むかえま」というのがあります。「ムカ絵馬」とは、「ムカつく絵馬」のことで、神社に奉納してある他人の絵馬を勝手に読んで、「何だこれは(笑)(怒)」な絵馬を見つけて楽しむという、奉納者にとっては失礼極まりない遊びのことです。
 で、僕も「ムカ絵馬」ならぬ「むか短冊」を探そうと思ったわけです。

 3階の通院治療センターのロビーにも、笹竹が置いてありました。3階は、通院治療センターとリハビリセンター、手術室があるガチなフロアーですから、願いごとも「(癌が)再発しませんように」とか「副作用の無い薬ができますように」などのツッコミ処の全くない、切実な願いばかりです。
 緩和ケア病棟にも笹竹は、あるのでしょうか。関係者以外立ち入り禁止なんで、確認できませんでしたけど、まあ、あそこの方々は、半分星になっているようなものですから、願いごとを書くとしたら御家族でしょうかね。「安らかに天国に行けますように」なんて書いてあったら、これまたツッコめません。って、これ以上書くと、怒られそうですからやめときます。

 で、1階のロビーの笹竹は、一番大きくて、ここは、お見舞いの家族や子供たちも来ますから、バラエティに富んだ願いごとばかりでしたよ。
 
 もちろん「病気が早く治りますように」の類いが一番多いのですが、「母校の野球部が勝ち進みますように」なんて云う季節ネタ、定番の「世界平和」なんてのもありました。
 「膵臓ガンが治りますように」というのは、かなり難易度が高い願いですけど、僕の見た範囲で一番難易度が高いと思ったのは「プリンセス・プリキュアになりたい」です。これは「世界平和」に匹敵するか、それ以上の難易度だと思います。

 逆に低難易度の類いでは、「カブトムシが採れますように」ってのがありました。近所の公園が雑木林にでも朝早く連れて行ってもらえれば、実現するでしょう。でも、自分は何もしないで、カブトムシの方から飛んでくるのを願っているなら、難易度はアップしそうです。
 あと、「あさまに乗りたい」ってのもありましたけど、長野新幹線の「あさま」でしょうか。確か「あさま」は、長野行きの各駅停車だったと思います。東海道新幹線だったら、「こだま」に乗りたいってことになりますけど、随分謙虚な願いごとです。

 というふうに、点滴までの待ち時間が1時間半もありましたので、他人の願いごとを1つ1つ読ませていただきました。で、記事を書きながら思い出したんですけど、自分の願いごとを書いてこなかったんですよ。書けば良かったって、ちょっと後悔してます。

 何を書くのかって?
 もちろん「僕が星になる前に、松浦亜弥が、ちゃんと復帰しますように」ですよ。

 「プリンセス・プリキュアになりたい」よりは、難易度は、低いと思っているのですけど・・・w

2016年6月22日水曜日

癌で入院していたはずなのに、肺炎で死亡ってどういうこと

 鳩山邦夫氏が急逝されたというニュースが入りました。死因については、十二指腸潰瘍という報道が一部でありますが、正式には未発表のようです。直前には、激やせ報道などもありましたので、ネットでは、癌だったのではないかと云う噂が飛び交っています。
 と云うのは、十二指腸潰瘍を引き起こした原因が癌や癌に対する治療だったとしても、最終的に死亡した直接の原因が潰瘍であれば、医者は死亡診断書に十二指腸潰瘍にて死亡と書き、癌とは書かないとされているからです。
 
 少し前の話になりますが、知り合いの親御さんが、癌で入院していて、亡くなられたんですけど、通夜の席のあいさつで「死因は、肺炎です。」って云ったんです。癌で入院していたとしても、直接の死因が肺炎であるのならば、死亡診断書には、やはり肺炎と書くみたいです。

 ですから、鳩山氏に関するネットの噂も有り得る話になります。

 抗ガン剤による免疫低下で肺炎になったり、モルヒネの大量投与によって、多臓器不全になったりすると、死因は癌にならないわけで、これでは末期癌で緩和ケア病棟で亡くなった患者さんのほとんどは、癌以外の原因で死亡したことになりそうです。

 まあ、死因が、癌だろうが肺炎だろうが、あの世で差別されることもないと思いますから、どっちでも良いんですけど、保険金がからんでくると、そうも言ってられなくなります。

 多くの人が加入しているガン保険には、ガンで死亡したら何百万円などという項目がありますが、ガンで入院死亡しても、診断書に肺炎などと書かれると、保険金は下りなくなります。これは、加入者にとっては詐欺ですよね。診断書に癌と書かない医者と、それを理由に保険金を払わない保険会社、裏でつながっているんじゃなかって思いたくなりますが、癌で死んだら何百万円なんて、最初から貰えないと思っていた方が良いみたいです。

 最近は、死亡時の保険金を低くして、その分、保険料を安くしたり、死んだ時で無くって、癌と診断された時点で保険金が下りるようにした商品も出ているようですから、加入する際にはちゃんと考えなくてはいけませんね。まあ、僕は、このような身ですから、今さら保険に入れないんで関係ないことですけどw

 日本人の死因第1位は癌です。診断書に癌って書かれた人だけで第1位になっているとすれば、実際に癌で死亡している人の数は、もっと多いということになります。

2016年6月15日水曜日

ペットにも高度癌治療の時代だそうです

 昨日、エルプラットの点滴に行ってきました。七度目になります。ゼローダの服用も再開しました。いつのもの通り、最初に副作用止めの点滴を打ってくれるので、今は楽です。でも、副作用止めが切れる明日あたりからは、ちょっと気分も悪くなりがちになると思うので、ちょっと気持ちはブルーです。

 僕の通っている、癌の専門病院のすぐ近くに、ペットの高度な癌治療ができる動物病院が開業するようです。人間と動物ですから、2つの病院には、何も関連性など無いはずですが、わざわざこの場所で開業するというのが、経営戦略の妙なんでしょう。
 癌の手術の他に、血管造影装置を備えていて、カテーテルを挿入し、癌細胞に直接抗がん剤を注入するという治療も行うそうで、もはや、人間の最先端医療と何ら変わりがありません。

 飼い主にしてみれば、ペットは獣で無く家族だと云いますが、これを無保険で行うとすれば、いくらお金が掛かるのでしょうか。まあ、最近は、ペット保険なども充実していますから、そんなに心配するほどでもないかもしれませんね。逆に云えば、そういう時代だからこそ、こんな病院が成り立つのでしょう。

 ちなみに、犬と猫では、猫の方が安上がりだそうです。もっとも、猫って奴らは、飼い主にお世話になっているなんて、これっぽっちも思ってないでしょうけどねw
 それから、猫についてもう1つ。猫ブームにおける昨年度の経済効果は、2兆数千億円だそうです。聞いたとき、2千数百億円の間違いかと思いました。それでも凄いんですが、あと2年ほど続くと、東京オリンピックで期待されている経済効果を遥かに上回るそうです。

 人間の医療費の増加は、国の財政を圧迫していますが、ペットの医療費の増加は、経済効果として期待されますから、この手の病院が開業することは、歓迎されるべきことなんでしょう。

 で、僕についてですが、今回、エルプラットの点滴を受けたにしては、ほとんど痺れが無くって良い感じです。冷たい物への反応も、冷蔵庫の中の物を取るとき以外は、それほどピリピリきません。やっぱり、夏になったせいでしょうか。最初の頃は、ドアノブとか、吹いてくる風にさえ反応していましたからね。

 抗がん剤の副作用って、動物にもきっとあるんでしょうね。気分が悪くなったり、全身に痺れがあったりしたら、同じ仲間として、ちょっと可哀相な気がします。何故こんな事になっているのか、「インフォームドコンセント」を受けている僕らと違って、彼らは、何も知らないんですから。

2016年5月25日水曜日

薔薇の写真を撮ってきました

 6回目の治療でした。お約束通り、薔薇の写真を撮ってきましたよ。前庭は誰でも入れるので、僕の他にも、カメラを持ってきているオジさんが来てました。でも、まだ、樹高が低いのと、薔薇園のために設計してある庭でないので、ここから撮れば誰でも名カメラマンというスポットが無いんですよね。でも、1つ1つの薔薇は、とても綺麗でしたよ。



 点滴後は、手足の痺れが起きます。ですから、4・5日は、家の中でも手袋をしているんですけど、暖かくっていうか、暑くなってきましたので、知覚過敏については、少し楽です。前回までは、パソコンのキーボードも冷たくて、手袋してましたからw

 あと、注意力が散漫になってます。昨日も、食器棚から、爪楊枝の束をおとして、キッチン中にまき散らしてしまいました。鍵をさしっぱなしで出かけようとしたり、起きようとしたら、ベッドから転げたりと、普通では、考えられないことが起きます。車の運転も、休薬期間以外は、しないようにしています。ぼけ老人になった気分ですけど、まあ、のこり3分の1になりましたから、頑張ります。

2016年5月23日月曜日

薬物に体が蝕まれると云うこと ~覚醒剤ではありませんよ~

 僕が飲んでいる抗がん剤はゼローダ錠というものです。いかにも体に悪そうな名前です。小林製薬のようなウケ狙い100%のネーミングを求めてはいませんが、もうちょっと、「これを飲めば元気になれる」みたいな名前をつけてもらいたかったものです。
 ただ、今のところ、深刻な副作用が起きていないのは、助かります。1日12錠を2回に分けて2週間、それを5クール。12×14×5=840。体調がイマイチで飲めなかったことが1回ありましたから、6錠引いて、今までに834錠飲んだことになります。
 しかし、深刻で無いとは云え、足の裏とか、足の爪とか、副作用が出ていることも確かです。少し歩くと、足の裏が傷みます。今までは、ステロイドを塗って、一晩たてば治っていたのですが、だんだん治りが悪くなってきました。先週末に、ちょっと頑張って、街歩きをしたのですが、足の裏にマメができてしまって、結局、この1週間治りませんでした。歩くときにびっこをひいていると、何だか自分が30才くらい歳を取ってしまったようで、悲しいです。

 困ったことに、食欲だけは旺盛で、体重は順調に増えています。メタボ体型に逆戻りしてしまいましたので、できるだけ体を動かしたいのですが・・・。ラジオ体操でも始めましょうか。

2016年5月21日土曜日

腹巻きとお別れしたこと

 昨日、長いこと着けていた腹巻きとお別れしました。手術を受けるにあたって、病院の売店で買った物です。2枚買って、洗い替えをしながら、毎日着けていました。元々は、手術の傷跡を保護するもので、退院すれば必要なかったのですが、傷口が下着に触れるのが、なんともイヤだったので、そのまま着けていました。
 着けていると、妙な安心感があって、だらだらと着け続けていたんです。でも、さすがに暑くなってきました。で、この前、腹巻きが上の方にズレていたんですけど、そのまま気づかずに過ごしていたんですよね。着けてる意味が無いのに気づかないようじゃあしょうがないといことで、意を決して、着けるのをやめました。
 なんか、腰回りがスッキリして、良い感じです。これで、ようやく、手術から卒業した気分です。

 ただ、運動不足がたたって、お腹周りがピンチなんですけど、腹巻きのせいにできなくなってしまいましたが・・・。

2016年5月13日金曜日

初めて本物の麻酔医に会ったこと

 昔、とある病院に家族が入院しまして、見舞いに行ったのですが、暇だったので病院内をあちこち探検して回ったんです。そしたら、1階の売店の奥に薄暗い廊下が続いているのを見つけて、何があるのかなって進んでいくと、廊下の突き当たりに、麻酔科って表札の出ている部屋を見つけました。人っ子一人いない、しんと静まりかえった廊下にある、薄気味悪い部屋だったんです。
 麻酔医なんて知られていなかった頃でしたから、麻酔科にかかる患者ってどんな人たちなんだろうって不思議に思ったことを覚えています。
 で、何年かして、「医龍」などの医療ドラマが始まって、この世に麻酔医なる方たちがいると云うことを知りました。

 昨年の暮れ、直腸癌の手術のために入院していた時、看護師さんに麻酔科の先生の診察があるから、行ってきてくださいっていわれました。渡された地図を頼りに歩いて行くと、手術室の脇を入ったところに麻酔科の受付を見つけました。広い廊下には、誰もいません。廊下の照明が明るかったのが救いでしたね。これで廊下が薄暗かったら怖いですよ。据えてあるソファーに1人座っていると、診察室に呼ばれました。

 中に入って驚きました。だって、僕の手術を担当してくれる麻酔医は、ビックリするくらいの美人の女医さんだったんです。テレビで医療ドラマをするならば、こういうタイプの女優さんをキャスティングするだろうなって感じ。頭が良さそうで、クールで、美人な女医さんです。僕、頭の良さそうな女の人が大好きなんですよ。

 手術に伴う麻酔の説明をしてくれました。僕の手術は、腹腔鏡なので、「硬膜外麻酔」は無くって、「全身麻酔」だけで行うそうです。
「えっ」
僕が、以前、手術をしたことのある人から聞いていたのは「背骨に麻酔打つから、術後も全然痛くなくって、楽なもんだ」って話だったんです。
 痛み止めは、点滴の中に入っているヤツだけみたいです。直腸癌の腹腔鏡手術ってホントに軽く思われている手術なんですね。

 では、明日よろしくお願いしますってことで、部屋を出ました。何となく、明日、手術室に行くのが楽しみです。っていうか、そのくらい素敵な女医さんだったんですよ。

2016年5月3日火曜日

5回目の治療に行って「カップヌードル・贅沢とろみフカヒレスープ味」買ってきました。

 3連休前ということで、病院も随分混んでました。で、予約時間も後の方だったので、待ち時間も長くって、点滴前の待ち時間も長くって、全部終わったら6時を過ぎてましたよ。

 いつもの病院内のミニストップで、お昼のおむすびやパンを買おうとしたんです。そしたら、カップ麺売り場に「日清カップヌードル・リッチ」が並んでいるじゃありませんか。
 話題になっているし、昔から新しい物好き、新商品には目のがない僕ですから、一度食べてみたいと思っていました。でも、僕の近所のコンビニやスーパーでは、スッポン味は売っていても、フカヒレ味は、どこでも品切れ中だったんです。
 

 それが、癌の専門病院の売店にあったんですよ。思わず2つも買っちゃいまいた。此所の売店って、患者やその家族、病院関係の職員など、様々な人が買い物に来ますけど、カップヌードル・リッチには、関心が無いんでしょうね。あったとしても、何もこんなところで買わなくてもっていう感じでしょうか。
 でも、他の商品の品揃えも、なかなか良いいんです。通院って辛いし、イヤなイメージが頭から離れなくって、玄関をくぐるのも憂鬱なんですけど、この売店だけが楽しみなんです。待ち時間も長くって、暇なんで、いつまでもミニストップに入り浸ってました。

 CM炎上騒動については、機会があったら、表ブログに投稿してみようかなって思います。

 それから、ロビーのディスプレイも「五月飾り」に変わっていました。


 庭は、ツツジ・サツキが終わりかけていました。バラは、咲き始めですけど、咲きそろうのは、もう少し先のようです。次回の通院時が楽しみです。
 

 2日に治療をしましたんで、ゴールデンウイークは、どこへも出られそうにありません。まあ、どこへ行っても混んでいるでしょうから、寝正月ならぬ、寝ゴールデンウイークでいきます。

2016年4月27日水曜日

第何回目かの休薬期間です。

 ようやく休薬期間に入りました。食事の前に、薬を飲むための白湯を準備しなくても良いというのは、精神的にも助かります。
 とはいっても、細かい副作用は、急に無くなるわけでもありません。喉のしめつけ感などは、相変わらずですし、今日は、何故か手足の痺れがおきてちょっと元気がありません。足も痛んできましたんで、外出もせずにいました。動かなくてはいけないと分かってはいるんですけどね。人というのは、こうやってボケていくものなのでしょうか。
 足を引きずりながら歩いていると、気分的にも20も30も余分に年をとったみたいになるので、これじゃあイケないと反省した次第です。

2016年4月13日水曜日

病院の広ーいお庭で、ピクニック気分、そこに無情のポケベルが。

 昨日は、4回目の治療日でした。午前中に血液検査と診察、午後は点滴です。

 今まで、お昼ご飯は、最上階のレストランを使っていました。レストランって云っても、サービスエリアのテーブルサービスのレストランって云うかファミレス程度のところなんですが、丘の上の建物のさらに最上階なんで、とにかく景色が良いんですよ。でも、昨年の秋からの通院生活も長くなってきたんで、若干メニューを食べ尽くした感がありました。
 で、今回は、豊富な品揃えのミニストップのおむすびを買って、病院の庭で食べることにしたんです。

 天候は、暑くもなく寒くもなく良い感じ。前回、来たときは、桜の花も未だ蕾みだったんですけど、さすがに今は散り始めでした。でも、木によっては、未だ未だ花を付けていて、特に大島桜は、今が見頃って云う感じでした。ソメイヨシノのように花だけが豪華に咲くのも良いんですけど、大島桜のように花と若葉が同時にひらく桜も良いなと思いました。斜面には芝桜も咲いていました。

 僕は、コンビニの袋を下げて、広い庭をブラブラしながら、一番景色の良いベンチを吟味しながら歩きました。庭は、人工のせせらぎがあって、大きな池には噴水、そして、ちゃんと鯉もいます。鯉は、どこかの団体から寄付されたもののようです。自慢のバラ園のバラは、枯れ木の状態から、かなり新芽を出していましたんで、次かその次の治療日の頃には、花が楽しめそうです。バラ園の管理は、専門の造園業者が委託されているんですが、管理に掛かる費用には、患者や患者を亡くした家族からの寄付金の一部が使われているようです。

 とにかく、都会の病院には無いだろうって感じの、手入れの行き届いた、広くって素敵な公園なんですよ。しかも凄く人が少ない。バラが咲いたら、写真を撮ってきますねw

 で、おむすび食べて、のんびりしていたら、持たされていたポケベルが鳴ったんです。点滴の準備が出来ましたから、通院センターに来てくださいって。今日は、空いているんでしょうか、思いの外早かっです。気が重いんですけど、仕方ありません。
 でも、庭にいてもポケベルが通じるっていうのは、収穫でした。これで時間を気にせず楽しめそうですw

 それから、体重は、さらに2kg増えていて、大ピンチです。これだと、癌が治ったとしてもメタボで死にそうですw

2016年4月4日月曜日

これも副作用?

 抗ガン剤治療を始めて2ヶ月、おかげさまで、深刻な副作用もなく毎日を過ごさせていただいております。
 とは云っても、薬は蓄積されていますので、喉に腫れがでてきたり、足の爪が変色したりというくらいの変化は起きてきました。もっとも、足の爪を他人に見せることなんてありませんから、どうでも良いことなんですけどね。

 薬剤師さんからもらった薬の説明書に、ゼローダの副作用が書いてあるんですけど、頭痛、吐き気、口内炎など、副作用と注意する症状合わせて、数えてみたら150以上ありました。中には、異常行動なんてのもあるんですよw
 先日、いきなり、しゃっくりが出まして、半日ほど止まらなかったんです。で、これも副作用だろうってことになって、見てみましたら、注意する症状の中に、ちゃんとあるんですよ。
 脱毛、血を吐く、血尿、しゃっくり、なんて並べて書いてあると、しゃっくりってそんな重大なことなのかなんて考え込んでしまいます。まあ、ほっといたらそのうちに収まったんですけど。

 あと、体重増加、体重減少などもあって、どっちなんだいってツッコミを入れたくなります。こんなに書いてあるのに、最後に、この他にも何か変だと感じられたら・・ですって、これ以上何があるというのでしょうかw

2016年3月28日月曜日

病院に行くと体調が悪くなるということ

 ようやく、元気になってきました。精神的にですね。

 前回と前々回は、点滴をうけた週に、のこのこ出かけて、次の日に体調を崩してしまったんで、今回は、この5日間、温和しくしていました。午後には、お昼寝もしました。今まで、昼寝なんてしたことなかったし、したとしても寝られるものでは無かったんですけど、やっぱり体にきているんですかね。おかげさまで、大きく体調を崩すことも無く、最初の1週間を乗りきることができそうです。今日は、体の痺れも治まってきましたんで、久しぶりに外出です。

 治療も3回目となると様子も分かって慣れたものなんですが、条件反射というか、体が勝手に反応しまして、病院に入っただけで、気分が悪くなってしまいましたw

 普通、病院に行って、点滴受けたり、薬を飲んだりすると病気が治って気分が良くなりますよね。だけど、抗がん剤って、具合が悪くなるじゃないですか。わざわざ、体調を悪くするために病院に行くなんて、有り得ないことですよね。行けば悪くなることが分かっているのに、行かなくてはならないって、結構な負担だってことを思い知らされました。

 治療を受けながら、普通に仕事をしている人もいるそうです。どんな職種の方か存じませんけど、超・超尊敬致します。もっとも、「最近の抗がん剤は、改良されているから、普通に仕事もできるらしいね」なんて、周りから言われちゃうと、それはそれで、結構な負担なんですけどww

 あと、唾液もよく出るし、嗜好が変わってきて、コーヒーとか、飲みたくなくなりました。お茶も美味しくなくなりました。で、すっぱい蜜柑とか、塩っぱいお煎餅とか食べてます。
 妊婦さんみたいですねw

そういえば、悪阻の軽い女性は、抗がん剤の副作用も軽いそうです。


2016年3月23日水曜日

体重が減らないと肩身が狭いと云う話

 僕は、数年前までメタボでした。体重は72kgくらいでしたが、体脂肪率とか内臓脂肪とかが悪くて、人間ドックの血液検査でもいろいろと引っかかってました。これではいけないと思って、間食を控えたり、体を動かすようにしたんです。町の健康センターのマシンルームへ、週に1・2回通ったりしてました。おかげで、体重も64kgくらいまで落ちて、血液検査の成績も凄く良くなったんです。

 癌で入院することになって、手術を受けました。手術の翌日に体重を量ったら60kgでした。まあ、手術の前後は絶食ですし、内臓を切り取ったんですから、減るのは当たり前ですよね。その後、退院して63kgまで戻して、抗がん剤治療を受けることになりました。
 最初の1週間は、食欲も無くって、体重も62kgになりましたが、2週間目からは、食欲も回復して、64kgになりました。で、昨日から3回目の治療が始まったんですけど、体重を量ったら66.5kgあったんです。

 一応、抗がん剤の副作用で、胃の違和感とか、弱い吐き気みたいのは、あるんです。でも、胃腸を壊しているわけでないので、食べれちゃうんですよね。普通、気持ち悪いときって、胃に優しいものしかうけつけなくて、味の濃いものとか、揚げ物とか食べないでしょ。でもそういう、味付けのハッキリしたものが良いんです。何となく気分悪いなあと思いながら完食して、物足りないとお煎餅を食べたりして・・・。 
 
 結局、抗がん剤治療を受け始めてから、6週間で3kg以上体重が増えてしまいました。世間では、癌になると体重は減るとか、抗がん剤治療は大変だから体重が減るって思われてますから、みんなから「あれ、ちょっと太った?」なんて言われちゃうと、「お前ホントに癌なのかよ」って言われたみたいで、何か肩身が狭いんですよね。
 
 しかも、良くない体重の増え方をしているんですよ。運動してないのに食欲ばかり回復するものですから、昔のメタボ体型に確実に近づきつつあるんです。かといって、ゼローダ飲んでいる間は、マシンルームに通う気にもなれないし、困ってしまいました。って云うか間食しなければいいんですよね。

2016年3月16日水曜日

松浦亜弥さんにお願いしたいこと

 今日、休薬期間に入りました。第2クールも無事終了です。今回は、ゼローダも予定通り服用できましたんで一安心です。

 で、表のブログ、「松浦亜弥 & 初音ミク フリートーク」が開設1周年になりました。でも、1年前は、こんなことになるなんて夢にも思いませんでした。
 松浦亜弥さんは、育児休業中って感じなんですが、いつか復帰してくれると信じてます。まあ、最悪の場合は、娘さんが芸能界デビューしてくれてもいいんですけど、でも、それって少なくみても、15年は先の話ですよね。気長に待つつもりだったんですけど、悠長なことも云ってられなくなってしまいました。

 僕は、15年先まで生きているんでしょうか。それもライブに参戦できるくらい元気な状態で。10年先はどうでしょうか。5年先は。僕は、松浦亜弥が復帰ライブを開催するその時まで、元気でいられるんでしょうか。未来を見通せないことが悲しいです。1年前は、こんなこと考えもしませんでした。

 僕は、死にたくありません。もっと生きて、松浦亜弥のライブに行きたいです。そのために、抗がん剤の治療を受けています。1回の点滴と服用薬で75000円払います。それを8回繰り返します。職場にも家族にも迷惑をかけています。全ては、生きるためです。

 松浦亜弥さんにお願いしたいことは、いつかライブをするよって、僕に思わせ続けて欲しいってことです。思わせてくれるだけでイイんです。それが励みになりますから。
 だから、あまり早く復帰されても困ります。その先を生きる目標を、探し直さなくてはなりませんから。

2016年3月10日木曜日

今更であるがR-1ヨーグルトを食べてみた

 テレビで、腸内フローラについてやっていた。で、腸内環境が悪くなると、便秘とかになって、最悪の場合、癌になるって言っていた。やっぱり、癌は究極の結果らしい。
 でも、僕は、今まで、便秘や下痢に悩まされたことなんて無いし、肉ばっかり食べて野菜を食べなかったわけでもない。食物繊維だってちゃんと取っていた筈だ。
 そんなことばっかりやってると癌になるよって、よく言うけど、やらなくてもなるんだったら、気にしているだけ損な気もする。

 でも、やっぱり腸には、ヨーグルトだなって思う。そしてヨーグルトといえば、赤いパッケージのR-1だ。この明治のヨーグルト、かなり売れている。きっと業績も好調だろう。R-1は、免疫力を高めると宣伝されているので、インフルエンザのシーズンである今、飛ぶように売れている。スーパーマーケットにいっても、どこかのおばさんが、10個くらいまとめ買いしていた。で、そういう人が次から次からやってくる。売れてるんで、安くならない。強気のほぼ定価販売だ。それを年配のおばさんたちは、ごっそり買っていくんだ。日本で一番財力のあるのは中高年だ。で、一番長生きしそうなのもこの年代の人たちなんだと思う。

 僕も負けじと買ってきた。奮発して3個も買ってきた。で、今日から食べている。癌患者にとっても免疫力を高めるのは、良いことのはずだ。抗がん剤で落ちてしまった免疫力を回復しなくてはならないし、もしかしたら、回復した免疫たちが癌細胞を攻撃してくれるかもしれない。
 でも、考えてみると、僕の免疫たちは、今まで、あろうことか癌細胞をスルーしていた奴らだった。奴らの餌に、こんな高いヨーグルトを与える価値があるのだろうか。

 次からは、ブルガリアヨーグルトにしよう。

2016年3月9日水曜日

エルプラットを侮ってはいけない。

 前回は、抗がん剤(エルプラット)の点滴の3日後が、体調の最悪日だった。
 で、今回も気をつけていたんだけど、思いの外、大丈夫だった。もちろん、手足のしびれは有るし、手袋をしていないと、何かを触る度にビリビリくる。でも、食欲は有るし、だるいわけでも無い。だから、のこのこと買い物についていったんだが、これが悪かった。点滴の4日後に最悪になった。
 朝から気分が悪い。吐き気止めを飲んで、朝飯を食べて、抗がん剤を飲む。薬を飲むために、無理やり食事をとるなんて、いかにも癌と戦ってますっぽいなと自分でも思う。

 考えてみれば、エルプラットの点滴の前に、副作用止めの点滴をするわけだから、大丈夫なのは、それのおかげであって、決して僕の体が大丈夫な訳では無い。で、副作用止めの点滴が切れた頃にエルプラットの副作用がやってくるってことなんだと思う。

 そういえば、点滴中の看護師さんの気の使い様は、ハンパない。点滴液が直接体に触れようものなら一大事って感じだ。恐るべしエルプラット。侮るなかれ。

2016年3月1日火曜日

分からないという不安、分かっているという不安

 今日、2日目の点滴を受けてきました。めでたく第2クール突入です。第1クールは、薬も28回中27回服用できたんで、まずまずの結果だと思います。副作用も思ったほどでなく、お大事にしていたんで、体重も2kgあまり増えてしまいました。
 とは云っても、1回目は何も分からないんで、副作用のこととか、不安だらけでした。でも、今回は2回目なんで、大体の予測はついています。ところが、抗がん剤って体に蓄積されていくことで、副作用も強く出てくるなんて話を聞くと、また新しい不安が起きてきます。 

 前回の体調について、簡単ですが、ノートにメモ書きしているんですよ。それによると、点滴2日目の夕飯から食欲が落ちてきて、3日目は、朝から吐き気。昼ご飯と夕ご飯は、ほとんど食べられずに1日寝ていたことになってます。つまり、3月3日は、僕は体調不良ってことです。って、今からこんなことが分かるのって、それはそれで辛いですwww

2016年2月25日木曜日

アトピー性皮膚炎VS抗がん剤の副作用

 花粉症のシーズンです。で、今年は、インフルエンザの流行が遅れていますので、2つのピークが重なっているそうです。マスコミなどでは、2つの症状が重なると重症化するなんて云ってますけど、僕は、あれって、思ったんです。インフルエンザで苦しい思いをしている時って、花粉症の症状って出て無いように感じるんですけど。 

 僕は、アトピー持ちなんで、手に湿疹ができるんですよ。だから、皮膚科でもらった塗り薬をつけていたんですけど、手術した直後の体が一番しんどかった時って、症状が出なかったんです。で、体調が戻るにつれて、いつもの症状が顔を出してきたんですよね。だから、アレルギーって、体が本当にピンチで、それどころじゃ無いって云う時には引っ込んでいて、体が暇なときに出てくる症状に思えるんです。末期癌の患者に花粉症はいないなんて話もありますし。まあ、ワガママ病、贅沢病って云うんでしょうか。

 抗がん剤治療の副作用で、手足症候群ってのがあるんですけど、それをケアするために、塗り薬をもらっているんです。日常的につけるのが「ヒルドイド」で、酷くなったときにつけるのが「マイザー軟膏」なんですが、これってアトピー性皮膚炎の薬と同じなんですよね。
 自分の皮膚を傷つけるのが、抗がん剤なのか自分の免疫なのかの違いで、出てくる症状と対処療法は同じってことみたいです。

 で、僕は、朝晩せっせと手足にヒルドイドを塗ってるんですけど、結果的にアトピーの症状も治まって良い感じなんです。同じ薬なんですから当たり前の話なんですけどね。
 そしたら、先日、手に湿疹ができて、いよいよ抗がん剤の副作用が来たかって思って、マイザー軟膏を塗ったんですけど、これが一日で治まってしまって、これ、アトピーの方だったのかって思いました。まあ、どっちだろうが薬は同じなんで良いんですけどww

 手足症候群なんですが、早い人は一週間、平均で一ヶ月後くらいから、出てくるってことなんで、ちょっとヒヤヒヤしています。アトピーと重なったらどうなるんでしょうか。僕の仮説だと、そういうときはアトピーは引っ込んでいる筈なんですけど、ちょっと、楽観的過ぎでしょうかw

2016年2月23日火曜日

ミニストップの商品に詳しくなったこと

 僕の通っている病院は、1階がラウンジになっています。その一角に売店があって、ミニストップが運営しています。地元の弁当屋さんとかパン屋さんが商品を並べるスペースもありますが、レジはミニストップが一括して請け負っているみたいです。
 で、このミニストップ、お昼時に並んでいる弁当類の種類と数が半端なく凄いんです。患者、お見舞い&付き添い、病院関係者、とにかく売れまくっています。県内にミニストップが何店舗あるか知りませんけど、絶対売り上げは県下1位だと思います。

 入院してた頃は、暇だったので、たった1本のペットボトルを買うために、点滴をガラガラ引きながら、病棟から売店まで来ていました。で、僕が点滴を引っ張って歩いていると、皆さん道を空けてくれたりして、やっぱり、病院で一番大切にしてもらえるのは、患者なんですよね。ありがたいものです。
 その時は、術後ですから食事制限があって、売店で買えるのは、水分だけでしたけど、元気になったらどれを食べようかなって、美味しそうなデザートなんかを1つ1つチェックしてました。で、今それを実行しているっていうわけです。

 隣のラウンジには、今だったら、お雛様が飾ってあります。ここに通い始めた頃は、クリスマスツリーでした。その後、お正月飾りになって。次は、五月人形でしょうね。で、七夕、その後は、何になるんでしょうか。この病院とも長い付き合いになりそうですから、ぐるっと一年分、見ることができそうです。再び、雛飾りが飾られる頃、僕は、どうなっているんでしょうか。

 そうそう、先週も診察があって、病院に行ったんですけど、ちょうど家族がインフルエンザになってしまって、食事の支度ができないって云うものですから、ミニストップで、その日の夕食分のお弁当と、次の日の朝食分まで買って帰りました。両手にレジ袋をぶら下げて、売店から出てきたんで、完全にスーパーから出てきたオジさんみたいになってしまいました。
 だいぶ、売り上げに貢献していると思います。

2016年2月21日日曜日

神様がくれたプレゼント

 日本の病院は年寄りで溢れかえっている。それは、癌の専門病院でも同じ事で、今、こうやって消化器内科・外科の待合室に座っている人たちを眺めると、多分、僕が一番若い。日本の癌患者の大部分は、70代、80代の人たちだ。中には、癌を治したところで、他の病気で死んじゃうんじゃないのかな、なんて思えてしまう御老人なんかもいる。

 考えてみれば、幸せな人たちだと思う。

 僕の祖母は、脳梗塞で倒れた。最初の何年間かは、リハビリなんかに打ち込んでいたけど、やがて寝たきりになった。17年もの間、寝たきりになって、年金も貯金も全て入院費に注ぎ込んで、全てを使い果たしたあげく、死んでしまった。最後の10年余りは、ただ、生きているだけの毎日だった。見舞いに行ったところで、話ができるわけでもなく、何も分からない。僕は、祖母が死んだという連絡を受けたとき、あんなに僕を可愛がってくれた祖母だったのにも関わらず、特に何の感情も湧いてこなかった。

 これが、癌だったらどうだろう。癌だったら意識があるから、家族と最後まで想いを共有できる。癌だったら何年も長患いしないから、経済的負担もそれなりで済む。癌だったら突然倒れたりしないから、ちゃんと身辺整理ができる。そして、癌だったら終末医療が発達している。

 癌というのは、人間が人間らしく最後を迎えることができるように、神様がくれたプレゼントに思える。だから僕は、癌で死ぬことになっても別に不幸だなんて思わない。人生の終え方が何千通りあるのか知らないが、癌で人生を終えることについての幸福度は、絶対、平均値を上回っている筈だからだ。

 だけど、この歳での宣告は辛い。あと10年で良いから待って欲しかったと思う。でも、10年後に宣告を受けたとしても、やっぱりあと10年待って欲しかったと思うだろうから、同じことなのかも知れない。きっと、僕の目の前の爺さんだって、もっと生きたいって思っているんだろう。結局、癌で死ぬことは、不幸なこととしか考えられなくなってしまう。

 せっかくのプレゼントだけど、ありがたく受け取るには、かなりの修行が必要のようだ。

2016年2月20日土曜日

人が歩くということ

 皆さんご存じかと思いますが、最近は、手術したからといっていつまでも寝させてくれるわけではないんですよね。で、僕も次の日には、歩かされました。一晩経って、心電図とか酸素マスクとかを外されて、じゃあ、体を拭きましょうって、起こされたんですけど、何か貧血みたいになって、気分が悪くなったものですから、午前中に歩いてみる予定が、午後に延びたんです。

 腹腔鏡手術で、傷口は比較的小さいとはいえ、切っていることには、変わりありませんし、内臓を切り取った負担は、術式に関わらず同じですから、そりゃあ、体を起こすだけでも、一苦労です。
 
 看護師さんに支えられながら、ゆっくり立って、点滴のスタンドに完全に寄りかかって立ち上がりました。で、一歩一歩、歩いて行くんですけど、体からは、いろいろと管が出ているし、まあ、歩き始めの赤ちゃんが歩行器を使って移動するよりも、ぎこちなかったです。

 でも、一歩ずつ進んでいくうちに、だんだん、気分が晴れてくるんですよね。歩いた距離なんて、たかだか20mも無いくらいですけど、何か凄いことをやり遂げたような気分になって、凄ーく前向きな気持ちになれたんです。それまでは、厭だ厭だとか、辛い辛いなんていうことしか頭に浮かばなかったのに、一気に頭の中が清々しくなったっていう感じなんです。

 やっぱり、人間って歩くようにできているってことなんでしょうか。きっと、歩けることに喜びを感じられるように、進化の過程でインプットされているんでしょうね。

 その晩、僕は、家族にメールを送りました。今日は、お見舞いに来てくれてありがとうって、普段だったら家族にそんなメール、絶対送ったりしないんですけど。

2016年2月18日木曜日

抗がん剤、休薬期間まで、あと5日

 僕がうけている抗がん剤治療は、Xerox療法ってやつです。術後補助化学療法としては、極めて一般的な治療法なので、ネットで検索すると、幾らでも闘病記が引っかかってきます。
 で、とりあえずの関心事は、副作用なのですが、個人差がかなりあるみたいで、酷い人は、最初の点滴の時から苦しんでいるみたいです。あと、回数を重ねるにつれて、副作用が深刻になっていくという話と、様子が分かってきて楽になっていくっていう、二通りの話があります。

 ついでに云うと、闘病記の結末も、二通りの結末に分かれます。今も元気で頑張ってますってやつと、ありがとうございましたって、本人の代わりに家族がブログの最後の更新をするやつです。
 再発は怖いです。考えただけで、全てのやる気を失います。僕の再発率は高いです。怖くて検索できないくらい高いです。抗がん剤治療である程度下げられるって云われましたけど。再発率が劇的に下がるわけではありません。
 でも、今はこれに期待するしかありません。無事8クールを完遂することが中期目標です。そして、1クール目を無事終えることが短期目標なんです。

 僕は、1クール目は、深刻な副作用は現れずに済みそうです。末梢神経障害も過敏反応も笑い話にできる範囲内ですし、吐き気や下痢も薬で治まる程度です。手足症候群は、まだ現れてません。ただ、残り7クールもあるんで全然安心はできませんけど。

 副作用って云うと、髪の毛が抜ける話を聞かされましたけど、僕の薬の場合は、髪の毛への副作用は、あまり関係ないようです。まあ、口内炎で辛い思いをするくらいなら、髪の毛が無くなった方が全然マシなんですけどね。

 できればこのまま休薬期間に滑り込みたいです。休薬期間になったら何をしようかなって、夏休み前の子供みたいな心境です。 

2016年2月16日火曜日

手術日はクリスマスイブ

 内視鏡科の先生に、3週間前に行った検査の結果を聞きに行ったら、「ズバリ言って癌です。」って告知されて、その日のうちに、大腸外科に回された。
 で、手術をしますってことになったんだけど、いきなり「いつが良いですか。」って云う話になった。だいたい、癌があったことさえ、さっきまで知らなかったんだから、手術の希望日なんて考えられるわけがない。「まだ、初期の癌ですから、そんなに慌てることもないんですが、最短でこのあたり。」2週間後?無理だ。そんな直近では、仕事が休めない。定年後の年寄りじゃあないんだから。「いっそのこと、年明けでも構いませんよ。」それはそれで、キビシイだろうって。癌があるって分かっていながら、2ヶ月もほったらかしにできるほど、僕は、強い精神力の持ち主じゃない。

 結局、年末に手術をして、年末年始の休みの前後に有給休暇をつけたせば、みんなに迷惑をかけることもないだろうってことで、24日に手術をすることをその場で、しかも一人で決めてしまった。「では、入院は2日前からですから、22日。退院は、問題が無ければ31日くらいには出来るでしょう。手術室の予約を入れておきますね。」
 みんなには申し訳ないけど、少し早めに年末休みに入って、正月休みを自宅療養に当てれば、仕事を極力休まずに済みそうだ。僕は、仕事のことばかり考えていて、24日がクリスマスイブであることをすっかり忘れていた。もっとも、僕の家では、今更クリスマスイブだからと云って、何をするわけでもないから、全然問題ないのだけれど。

 で、職場に戻って、上司に手術のことを報告したんだけど、なんの話もなかったところに、いきなり「癌の手術日決定!」なんて云うお知らせをしたものだから、みんなをビックリさせてしまった。

 ところが、手術日の数日前になって、いきなり外科の先生から、家に電話がかかってきた。「申し訳ないけど、手術日を25日に変えていただけませんか。」こちらは、やってもらう身だからいっこうに構わないし、入院の準備なんて全然出来ていなかったから、かえって好都合というものだ。
 しかしまた何で急に。ってまさか、先生、クリスマスイブに予定が入ったのだろうか。家族から責められて困惑している外科の先生の姿が目に浮かんできたw。

 というわけで、手術は25日になった。23日に入院して、先生に、手術は午前ですか午後ですか、って聞いたんだけど、先生は、どっちだったかなあって感じで、「後で看護師に連絡させます。」だって。まあ、直腸癌の腹腔鏡手術なんて、毎日ってくらいやっているのだろうから、そんなものなんだろう。でも、このユルさが、かえって僕を安心させてくれた。

 で、僕はクリスマスイブを病院のベッドで迎えることになったんだけど、手術の前日だから絶食で水分しか取れないし、腸を空にするために処方された下剤のおかげで、夜中にトイレに籠もったりして、人生で最悪のイブになってしまった。

2016年2月15日月曜日

ヒエラルキー

癌とひと言で云っても、発生する部位によって、症状も様々である。全く別の病気と云っても良いだろう。僕の場合は、直腸とS字結腸の間にできたので、お医者さんによって、直腸癌って云う人と、大腸癌って云う人がいる。まあ、直腸癌の方が何となくカッコ良いような気がするから、ここでは、直腸癌ってことにしたいと思う。あの「北の湖理事長」と同じ病名だし。
 
 で、今でこそ、リンパに広く転移が見つかったんで、ステージⅢCとなっているが、当初は、癌も小さいんで、ステージⅠ扱いだった。直腸癌のステージⅠっていうのは、生存率も95%以上あって、手術で取れば直るんでしょ、みたいな扱いだ。しかも手術方法も腹腔鏡なんで、傷口も小さくって良かったね、って感じだった。つまり、ものす凄ーーく、簡単に考えられていたわけだ。

 僕の病院は、田舎には全然似合わないほどの、とっても大きな癌の専門病院なので、毎日何千人もの癌患者が通ってくる。その中でも僕は、ヒエラルキーとしては、最下層の癌患者なのだ。

 では、一体、ヒエラルキーの高い癌って何だろうって話題になったことがあったのだが、何と云っても「膵臓癌」だろうってことになった。膵臓癌になって生還した人なんて聞いたことが無い。膵臓癌こそキングオブ癌だ。あと「脳腫瘍」とか凄いよね。とか、「胆管癌」って何だろうとか、「小腸癌」なんて超レアな癌だと、きっと病院中の注目を浴びるだろうとか、まあ、無責任で勝手なことばかり話していた。

 どの病気でもそうだが、患者って云うのは、病気自慢をしたがる傾向がある。で、エレベーターなんかに乗っていると、「俺は肺癌でね。三分の一取ったんだけど、残りも悪くってさ、もう長くないんだよ。」なんていきなり話しかけられる。さすが癌の専門病院だ。「へえー、肺癌かあ、凄いな。」なんて、単純に思って「僕は、大腸癌なんです。」と云って、ペコリと頭を下げたりすると、これはもう完全にヒエラルキーだ。

 でも、どう考えても、大腸癌のヒエラルキーは、最下層から脱出できそうもない。患者数は多いし、ほとんどの場合、手術によって完治するし、話題だって「人工肛門にならなくって良かったね。」とかそんな話ばかりだ。

 ただ、癌というのは、転移する。直腸癌の転移先は、主に肝臓や肺だ。でも、例え肝臓に転移しても、僕は肝臓癌の患者として扱われることは無いのだそうだ。どこに転移しても、僕は、あくまでも、ヒエラルキー最下層の、直腸癌の患者なのだ。

2016年2月14日日曜日

ブログ開設にあたって

 昨年の秋に癌が見つかり、年末に、入院・手術しました。手術そのものは無事終わり、とりあえずは安心と思っていたのですが、少し考えが甘かったようです。思っていた以上に転移が進んでいました。告げられたステージは「ⅢC」です。先日より抗がん剤治療が始まりました。

 こんな、あまりにも個人的な話題を、ブログに書くことについて悩んだのですが、抗がん剤治療は、8クール繰り返しますので、記録をとっておくと良いと聞きました。で、もともと筆無精な僕も、「松浦亜弥&初音ミク」のブログ記事だけは、更新してきましたので、記録代わりに書き込むことにしました。書くことによって楽になりたいという思いもあります。

 ただ、僕は強い人間ではありませんから、とりえずコメント欄は作らないでおきます。

 まあ、別に余命宣告されたわけでも無いんで、松浦亜弥さんと初音ミクの「表ブログ」も、そしてこの「裏ブログ」も、のんびり書いていこうと思います。