内視鏡検査の結果を聞きに行って、その時に内視鏡科の先生から告知されたのが、ちょうど一年前になります。闘病生活1周年っていうと格好いいんですけど、こうやって、だらだら生活している現状を顧みると、反省の言葉ばかりが浮かんできます。
もっと、ガン患者らしく、生きると云うことの意味を噛みしめながら、1日1日を大切に生きていくべきだと分かっているのですが。
まあ、あの時も、変だとは思ったんですよね。入り口の受付機に診察券を入れたら、予約した覚えのない大腸外科の予約が入っていたりして。で、内視鏡科の診察室に入っていったら、先生の机のパソコンの画面にガンの写真が、もう出ているんですから、告知してもらう前から、ありゃ~と思いましたよ。
「ズバリ言って、癌です。」
「はあ、そうですか。」
「私の方で、外科に予約を入れておきましたから、そちらにまわって下さい。」
「あ、はい。」
って、感じでした。外科に行ったら、いきなり
「手術日の希望って、ありますか。」「今なら、最短で2週間後になります。」
って、完全に歯医者の予約と同じノリでしたからね。
でも、べつにショックとかは、なくって淡々としていましたね。そういえば小林麻央さんも告知の時は、淡々と聞いていたみたいなことを書いていましたっけ。なんて云うと、小林さんと同じつもりになっているんじゃない、なんて怒られそうですがw
考えてみれば、ガンなんて、ありふれた病気だし、此所に来ている人ってみんなガンなわけで、先生も一日に何人も告知しているわけですから、ガンの告知が一大イベントだったのは、昭和の時代の話だったのかもしれません。
でも、世間では、癌になるって今でも大変なことに思われているし、そのおかげで、僕もいろいろと皆さんから、気を遣ってもらったり、親切にしてもらっているわけなんですけどね。
そりゃあ、僕だって死ぬのはイヤですけど、だからといって、ボケたり寝たきりになってまで長生きするのもどうかと思ってしまいます。だから、待合室で座っているお爺さん達を見ても、気の毒には、思えないんですよね。ある程度、長く生きられて、ガンで死ねるなんて、幸せなことじゃあないかと・・・。
結局、ガン患者に一番冷たいのは、ガン患者だと云うことで、今日は、お終いです。
記録代わりに、そして、書くことによって楽になりたいという思いから開設した、あまりにも個人的なブログです。勝手なことばかり云っておりますが、よろしかったらお付き合いください。
2016年11月19日土曜日
2016年10月20日木曜日
腫瘍マーカー
検診に行ってきました。腫瘍マーカーの値は、平常値でひと安心です。とりあえずは、次回の検診まで、心穏やかに過ごせそうです。
血液検査が主だったのですが、採血室の7つあるブースが、フル回転で採血してました。ここの検査技師さんは、1日何人の採血をするんでしょうか。とにかく採血の手際が良くって、上手なんですよ。僕は、男にしては血管が細いので、いつも採血の時には、苦労します。入院したとき、若い病棟看護師さんに採血してもらったことがありましたけど、うまく血管が見つからなくって、3回くらい針を刺されてしまいました。でも検査技師さんはさすがですね。いつも一発で決めてくれます。
診察は、9時開始。僕は、8時25分くらいに到着したんですけど、もう60番台でした。採血室は、8時15分からなんですけど、お年寄りの方々は、やたら早くて、7時過ぎには集まって来ちゃうみたいです。で、整理券を配っているみたいですけど、診察時間は、予約制ですから、何も慌てて採血することもないんですけどね。まあ、1時間前行動は、お年寄りの習性ですから仕方ないんですけどw
僕の前に30人くらい待ってたはずなんですけど、5分くらいで順番が回ってきました。
腫瘍マーカーの値を調べるのが、主なんですけど、とりあえずは、基準値で収まっていたので安心しました。この検査は、人間ドックなんかでも、オプションで行うことがあるそうですけど、本来は、大腸癌の再発を予測するための検査のようで、癌になっていない人にとっては、高いからどうとか、低いからどうとか云っても、あまり意味のないことだそうです。
僕も、主治医の先生から、高いからすぐに再発ということでもなくって、定期的に変化を見ていくことが重要ですって言われちゃいました。といっても、基準値に収まっているのは、気分の良いものです。
次回の検診は、いよいよ内視鏡です。また、例の物を2Lも飲むのかと思うと、今からちょっとブルーな気分です。
血液検査が主だったのですが、採血室の7つあるブースが、フル回転で採血してました。ここの検査技師さんは、1日何人の採血をするんでしょうか。とにかく採血の手際が良くって、上手なんですよ。僕は、男にしては血管が細いので、いつも採血の時には、苦労します。入院したとき、若い病棟看護師さんに採血してもらったことがありましたけど、うまく血管が見つからなくって、3回くらい針を刺されてしまいました。でも検査技師さんはさすがですね。いつも一発で決めてくれます。
診察は、9時開始。僕は、8時25分くらいに到着したんですけど、もう60番台でした。採血室は、8時15分からなんですけど、お年寄りの方々は、やたら早くて、7時過ぎには集まって来ちゃうみたいです。で、整理券を配っているみたいですけど、診察時間は、予約制ですから、何も慌てて採血することもないんですけどね。まあ、1時間前行動は、お年寄りの習性ですから仕方ないんですけどw
僕の前に30人くらい待ってたはずなんですけど、5分くらいで順番が回ってきました。
腫瘍マーカーの値を調べるのが、主なんですけど、とりあえずは、基準値で収まっていたので安心しました。この検査は、人間ドックなんかでも、オプションで行うことがあるそうですけど、本来は、大腸癌の再発を予測するための検査のようで、癌になっていない人にとっては、高いからどうとか、低いからどうとか云っても、あまり意味のないことだそうです。
僕も、主治医の先生から、高いからすぐに再発ということでもなくって、定期的に変化を見ていくことが重要ですって言われちゃいました。といっても、基準値に収まっているのは、気分の良いものです。
次回の検診は、いよいよ内視鏡です。また、例の物を2Lも飲むのかと思うと、今からちょっとブルーな気分です。
2016年10月6日木曜日
具なし味噌汁
僕の入院していた病院は、癌の専門病院として、新しくできたところなので、いわゆる、今風の考えに基づいて運営されているようです。スタッフの方たちも、親切で丁寧だし、ドラマに出てくる大学病院のように、患者からのお心付けが横行することはありません。看護師さんたちも、大学を出たての新規採用さんが多くって、やる気と活気に満ちているし、ベテランさんとのバランスも良いようです。そして、何よりも、スタッフ全員が、ここで働いていることにプライドを持っているように思います。
僕も、あそこに入院してたなんて羨ましいと言われたことがあります。自分も癌になったら、此所でお世話になるからって、今から家族に宣言している人もいます。
癌になんてならない方が良いに決まってますけど、同じ死ぬなら癌が良いなんて言いますからね。
入院生活は、それなりに大変でしたけど、あの頃は、手術をすれば治るって思ってましたし、術後は、1日、1日と自分の体が回復していくのを実感できていたので、今思えば、希望に満ちた楽しい日々だったように思います。
ただ、1つ残念なことは、消化器系の手術でしたから、食事制限があったことです。入院食のメニューって、通常食ならば、選択制になっていて、前日のまでに、ベッドサイドにあるタッチパネルで、申し込むことができたんです。まあ、選択制と云っても、朝は、ご飯とパンとどっちが良いか程度のことなんですけどね。しかし、病棟勤務の職員も、入院食を注文して食べていましたくらいですから、入院食といえどもそこそこの美味しさのようです。でも、僕は、手術直後は絶食でしたし、その後は、水分だけ、重湯から五分粥って感じで、おかずも低残渣食が少しだけでした。
そして、味噌汁は、いつも具なしでした。
具なし味噌汁といっても、どうやら普通に作った味噌汁を、よそう時に具を外しているだけのようで、注意深く味わえば、本来あるべき具が予想できました。うーん、今日は、豆腐とワカメの味噌汁のはずだったのかな、なんて感じです。しかし、味噌汁は味噌が溶けているだけマシな方で、すまし汁の時は、蓋を開けた時に中に入っているやつなんて、見た目は白湯ですから。
僕は、年末年始に入院していたので、お正月を病院で過ごしました。お正月の食事は、一応、おせち料理っぽいメニューでした。お盆の上に、富士山の絵が描いてある和紙が敷いてあったりして、お正月っぽさを演出していました。まあ、僕の食事は、相変わらずのお粥と低残渣おせち料理でしたけど。もちろん、すまし汁も具なしでした。でも、口に入れると、ほんのりハマグリの味がしました。本当は、ハマグリなんかじゃ無くって、アサリだったかもしれませんけど、まあ、ハマグリってことにしておきましょう。
今、思えば、量も少ないし、本当に淋しい食事でしたけど、他に楽しみもありませんでしたから、毎回の食事が楽しみでした。食事を運んでくる電動ワゴン車の音が聞こえてくると、ベットから起き上がって、ちゃんと座って待ってました。よーく噛んで下さいって云われてたんで、ゆっくり時間をかけて食べてました。おせち料理として出してもらった数粒の煮豆だって、一粒一粒味わって、大切に食べていました。
あの頃と比べると、今は、量も質も、そしてカロリーも比べものにならないくらい多いのですが、味わうことなど無く、慌ただしく食べてしまいます。3倍の量を三分の一の時間で食べてしまいます。
まあ、再発して、再びお世話になるときには、食事制限の無い状態で、入院したいものです。
僕も、あそこに入院してたなんて羨ましいと言われたことがあります。自分も癌になったら、此所でお世話になるからって、今から家族に宣言している人もいます。
癌になんてならない方が良いに決まってますけど、同じ死ぬなら癌が良いなんて言いますからね。
入院生活は、それなりに大変でしたけど、あの頃は、手術をすれば治るって思ってましたし、術後は、1日、1日と自分の体が回復していくのを実感できていたので、今思えば、希望に満ちた楽しい日々だったように思います。
ただ、1つ残念なことは、消化器系の手術でしたから、食事制限があったことです。入院食のメニューって、通常食ならば、選択制になっていて、前日のまでに、ベッドサイドにあるタッチパネルで、申し込むことができたんです。まあ、選択制と云っても、朝は、ご飯とパンとどっちが良いか程度のことなんですけどね。しかし、病棟勤務の職員も、入院食を注文して食べていましたくらいですから、入院食といえどもそこそこの美味しさのようです。でも、僕は、手術直後は絶食でしたし、その後は、水分だけ、重湯から五分粥って感じで、おかずも低残渣食が少しだけでした。
そして、味噌汁は、いつも具なしでした。
具なし味噌汁といっても、どうやら普通に作った味噌汁を、よそう時に具を外しているだけのようで、注意深く味わえば、本来あるべき具が予想できました。うーん、今日は、豆腐とワカメの味噌汁のはずだったのかな、なんて感じです。しかし、味噌汁は味噌が溶けているだけマシな方で、すまし汁の時は、蓋を開けた時に中に入っているやつなんて、見た目は白湯ですから。
僕は、年末年始に入院していたので、お正月を病院で過ごしました。お正月の食事は、一応、おせち料理っぽいメニューでした。お盆の上に、富士山の絵が描いてある和紙が敷いてあったりして、お正月っぽさを演出していました。まあ、僕の食事は、相変わらずのお粥と低残渣おせち料理でしたけど。もちろん、すまし汁も具なしでした。でも、口に入れると、ほんのりハマグリの味がしました。本当は、ハマグリなんかじゃ無くって、アサリだったかもしれませんけど、まあ、ハマグリってことにしておきましょう。
今、思えば、量も少ないし、本当に淋しい食事でしたけど、他に楽しみもありませんでしたから、毎回の食事が楽しみでした。食事を運んでくる電動ワゴン車の音が聞こえてくると、ベットから起き上がって、ちゃんと座って待ってました。よーく噛んで下さいって云われてたんで、ゆっくり時間をかけて食べてました。おせち料理として出してもらった数粒の煮豆だって、一粒一粒味わって、大切に食べていました。
あの頃と比べると、今は、量も質も、そしてカロリーも比べものにならないくらい多いのですが、味わうことなど無く、慌ただしく食べてしまいます。3倍の量を三分の一の時間で食べてしまいます。
まあ、再発して、再びお世話になるときには、食事制限の無い状態で、入院したいものです。
2016年9月18日日曜日
近況報告です
抗ガン剤の治療を終えて、2ヶ月経とうとしています。薬は、もう抜けていると思います。で、薬が抜ければ、副反応も収まるのかなと思っていたのですが、一度ダメージを受けた組織は、薬が抜けたからといって、すぐには元通りにならないようです。何か、覚醒剤みたいで怖いですねw
と云っても、深刻な副反応に悩まされているわけでもないのですけど。
まあ、今、困っているのは、指先と足の裏の痺れです。かなり敏感になっています。不自由なく歩けることは歩けるのですが、どうしても違和感があるんですよね。例えて云うと、長時間正座をした後で急に歩き始めたときの感じ、或いは、裸足で砂の上を歩いている感じといえば、お分かりいただけるのではないでしょうか。
指先も敏感になっていて、本のページをめくるときに、ちょっと痛いです。前は、ペンを持つときも違和感があったのですが、それは、だいぶ収まってきました。
エアコンの冷たい風が手足にあたるのも悪いみたいです。冷房の季節は、間もなく終わるのでしょうけど、今度は、気温が下がってきて、本物の風が冷たくなってくるでしょうから、それはそれで、困ったものです。
それから、大問題だった体重増の件ですけど、抗ガン剤が終了したら、不思議と間食もあまりしなくなって、体もそれなりに動かしているものですから、少しずつ落ちてきたんですよ。
体重計に乗るのも楽しみになってきました。でも、毎日乗ると、変化なども微々たるもので、がっかりになるんで、乗りたいのを我慢して我慢して、で、一週間くらい溜めてから乗っています。すると、「おっ、イッキに○百g減った。」って快感を味わえるものですからw
と云っても、深刻な副反応に悩まされているわけでもないのですけど。
まあ、今、困っているのは、指先と足の裏の痺れです。かなり敏感になっています。不自由なく歩けることは歩けるのですが、どうしても違和感があるんですよね。例えて云うと、長時間正座をした後で急に歩き始めたときの感じ、或いは、裸足で砂の上を歩いている感じといえば、お分かりいただけるのではないでしょうか。
指先も敏感になっていて、本のページをめくるときに、ちょっと痛いです。前は、ペンを持つときも違和感があったのですが、それは、だいぶ収まってきました。
エアコンの冷たい風が手足にあたるのも悪いみたいです。冷房の季節は、間もなく終わるのでしょうけど、今度は、気温が下がってきて、本物の風が冷たくなってくるでしょうから、それはそれで、困ったものです。
それから、大問題だった体重増の件ですけど、抗ガン剤が終了したら、不思議と間食もあまりしなくなって、体もそれなりに動かしているものですから、少しずつ落ちてきたんですよ。
体重計に乗るのも楽しみになってきました。でも、毎日乗ると、変化なども微々たるもので、がっかりになるんで、乗りたいのを我慢して我慢して、で、一週間くらい溜めてから乗っています。すると、「おっ、イッキに○百g減った。」って快感を味わえるものですからw
2016年9月9日金曜日
代替療法とか今頃云われても・・・
ネットとか、本屋さんとかで癌について調べると、「私はこれで癌が消滅しました」みたいな見出しが目に入ってきます。何々を食べると良いとか、こんな運動をすると良いとか、こんな生活習慣を身につけようとか、どこどこにお参りすると御利益があるとかです。
僕も、何人かの方々から、いろいろなアドバイスを頂きました。皆さん、僕のことを心配してくれての忠告なのでありがたいのですが、まあ、ゲームをやっていて、随分進んでから、裏技を教えてもらったみたいなもので、もう手術とかしちゃったし、抗ガン剤とかしちゃったんで、今頃いわれても、困ってしまうことも多いんですw
代替療法にしても、民間療法にしても、要は、いかにして自己免疫力を高めるかということに尽きると思います。風邪とかひいた時だって、なーんにもしなくても、人間には、自然に治す力があるわけで、それは癌であっても同じと云うことなんでしょう。
免疫力が低下する最大の原因はストレスだそうです。癌にならない生活を心がけることがストレスになってしまったら、本末転倒ですからね。まあ、ノンビリと癌と向き合っていこうと思います。ノンビリを心がけることが、ストレスにならない程度にですけど。
僕にとって、最大のストレスって、仕事だと思えるんですけど、こればっかりは辞めるわけにもいかないし・・・・。
そうそう、僕も1つだけ取り組んでいることがありました。ヨーグルトのR-1を食べることはささやかに続けてます。このまま再発することがなかったら、R-1のおかげなんでしょうか、それとも、抗ガン剤のおかげ?
僕も、何人かの方々から、いろいろなアドバイスを頂きました。皆さん、僕のことを心配してくれての忠告なのでありがたいのですが、まあ、ゲームをやっていて、随分進んでから、裏技を教えてもらったみたいなもので、もう手術とかしちゃったし、抗ガン剤とかしちゃったんで、今頃いわれても、困ってしまうことも多いんですw
代替療法にしても、民間療法にしても、要は、いかにして自己免疫力を高めるかということに尽きると思います。風邪とかひいた時だって、なーんにもしなくても、人間には、自然に治す力があるわけで、それは癌であっても同じと云うことなんでしょう。
免疫力が低下する最大の原因はストレスだそうです。癌にならない生活を心がけることがストレスになってしまったら、本末転倒ですからね。まあ、ノンビリと癌と向き合っていこうと思います。ノンビリを心がけることが、ストレスにならない程度にですけど。
僕にとって、最大のストレスって、仕事だと思えるんですけど、こればっかりは辞めるわけにもいかないし・・・・。
そうそう、僕も1つだけ取り組んでいることがありました。ヨーグルトのR-1を食べることはささやかに続けてます。このまま再発することがなかったら、R-1のおかげなんでしょうか、それとも、抗ガン剤のおかげ?
2016年8月26日金曜日
抗ガン剤治療の終了から一ヶ月、そしてガン発見から1年
ゼローダを飲まなくなってから一ヶ月になります。おかげさまで、日常生活は、元に戻りつつあります。若干、爪が痛んでいるのと、指先と足の裏に痺れが残っているくらいでしょうか。ただ、体は、相変わらず弱ったままで、すぐに疲れてしまいます。筋肉も戻っていないようで、何をするにも、「どっこいしょ」と掛け声を掛けないと動けません。それから、ちょっとしたことでも、すぐ唸り声を出してしまうので、家族からうるさがられています。
先日、人間ドックを受けてきました。思えば、去年の人間ドックで異常を発見したのが全ての始まりでした。
で、今年の人間ドックの結果は散々でした。体重は、12kgも増えてるし、腹回りは、12cmも増えてるし、脂肪肝で肝臓の値は、滅茶苦茶です。赤血球は少ないし、血小板も減っています。まあ、全ては、抗ガン剤治療が原因だと独りで納得してるんで、2次検査には行かないつもりです。
それから、マシンルームに15日間くらい通って、合計6000k㎈ほど消費したんですけど、体重が全く減りません。みんなは、脂肪が筋肉に変わったんだよって慰めてくれるんですけど、ブヨブヨのお腹を見ていると、そうとも思えなくって・・・w
先日、人間ドックを受けてきました。思えば、去年の人間ドックで異常を発見したのが全ての始まりでした。
で、今年の人間ドックの結果は散々でした。体重は、12kgも増えてるし、腹回りは、12cmも増えてるし、脂肪肝で肝臓の値は、滅茶苦茶です。赤血球は少ないし、血小板も減っています。まあ、全ては、抗ガン剤治療が原因だと独りで納得してるんで、2次検査には行かないつもりです。
それから、マシンルームに15日間くらい通って、合計6000k㎈ほど消費したんですけど、体重が全く減りません。みんなは、脂肪が筋肉に変わったんだよって慰めてくれるんですけど、ブヨブヨのお腹を見ていると、そうとも思えなくって・・・w
2016年7月30日土曜日
抗ガン剤終了から10日、体力作りを開始しました。
僕の住んでいる町には、体育館があります。(どこの町にもありますよね)で、そこにマシンルームがあって、ウォーキングマシンとか自転車こぐやつとかが置いてあります。町民だと100円で利用できるので、ガンの手術をする前は、よく通っていました。っていうのも、実はかなりのメタボでして、以前から脂肪肝とか言われてたんです。で、これじゃイケないと思って、通い始めたんですよね。そしたら体重も7・8㎏ほど落ちまして、人間ドックの成績も大幅に改善されたんです。でも、そこへ突然のガンの宣告で、手術だとか抗ガン剤だとかで、ずっとご無沙汰してしまいました。
手術直後は、体重も随分減ってしまったんですけど、その後のダラダラ生活で、一気に生涯最大値になってしまいました。手術直後と比べて15㎏アップ、明らかに脂肪肝状態復活です。このままだと、ガンが治ったとしても、別の病気になってしまします。
と、云うことで、8ヶ月ぶりに運動を再開しました。まずは、慣らし運転ということで、全盛期の半分ほどの運動をしてきました。手足もまだ少しピリピリするんですけど、どうにか続けられそうです。とりあえず、10㎏は減らさないといけません。
で、昨日、運動から帰ってきた後で体重計に乗ったんですけど、逆に500g増えてたんですよ。前途多難な旅立ちです。
手術直後は、体重も随分減ってしまったんですけど、その後のダラダラ生活で、一気に生涯最大値になってしまいました。手術直後と比べて15㎏アップ、明らかに脂肪肝状態復活です。このままだと、ガンが治ったとしても、別の病気になってしまします。
と、云うことで、8ヶ月ぶりに運動を再開しました。まずは、慣らし運転ということで、全盛期の半分ほどの運動をしてきました。手足もまだ少しピリピリするんですけど、どうにか続けられそうです。とりあえず、10㎏は減らさないといけません。
で、昨日、運動から帰ってきた後で体重計に乗ったんですけど、逆に500g増えてたんですよ。前途多難な旅立ちです。
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